東京高等裁判所 昭和52年(う)1747号 判決 1977年12月22日
被告人 山本英男
主文
本件控訴を棄却する。
理由
控訴の趣意は、弁護人稲葉勉提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点事実誤認について
所論は、原判示第三の業務上過失傷害の事実について、原判決は被害者三名の傷害の程度につき、石原敏次は全治約四か月間を要する右外傷性股関節脱臼骨折等、荒川幸子は全治約二週間を要する右大腿外側部打撲、小林国雄は全治約一週間を要する右環指挫創等と認定しているが、各被害者とも実際には右よりも軽微であつたから原判決には事実の誤認がある、というのである。
しかし、原判決の掲げる関係証拠によれば右の点をふくめて原判示第三の業務上過失傷害の事実を認めることができ、所論にかんがみ記録を精査し、また当審における事実取調べの結果に照らしても所論のような誤認があるとは考えられない。
なお、当審で取り調べた昭和五二年九月七日付医師秋谷昭治作成の診断書三通によると、石原敏次については昭和五一年二月二二日(本件事故当日)緊急診察を行ない(荒川、小林も同じ)、ひきつづき治療をした後同年四月二七日退院し以後治療を中止したが、退院時の状態および家族の申立てを総合して全治したものと認める旨、荒川幸子については事故当日局所の湿布のほか止血剤、鎮痛・消炎剤等の注射、内服療法を行なつたが、その後の経過は不詳である旨、小林国雄については事故当日緊急処置を行なつたが予後は不詳である旨記載されており、また当審証人石原敏次の供述によれば、同人は退院後一度他の病院に行つただけでしかも特別な治療は受けなかつた旨供述し、当審証人山本(旧姓荒川)幸子の供述によれば、同人は前記の診察後三日分の薬を貰い、二、三日は湿布しかつ痛みがあつたが、その後いつまで痛みがあつたかははつきりしないと述べているのであるが(小林国雄については前記診断書のほか新しい資料は提出されていない)、これらによつても原判決の認定が不合理であるとは必ずしもいい切れない(当審証人石原敏次の供述によれば、同人は前記のように述べる一方で、同年八月ころまでは痛みがあり完全に治つたのはそのころであると述べている。)。仮に原判決の認定に若干の不正確さが含まれていたとしても、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
論旨は理由がない。
控訴趣意第二点事実誤認ないし法令適用の誤りについて
所論は、原判示第四の犯人隠避教唆の事実について、犯人自身が他人を教唆して自己を隠避させるのは自己が自らを隠避させるのに他人を利用するにほかならないから犯罪は成立しない、また本件においては、被告人は原判示車両を運転して原判示第三の事故を起こした後、石原敏次に対し、警察官に車を運転していたのは石原であると答えて貰いたい旨依頼し、石原はこれに応じてかけつけた警察官にその旨答えたのであるが、被告人もまたそのさい警察官に同様に述べているのである、したがつて、被告人と石原とは教唆者と被教唆者であるにとどまらず、共に犯人隠避の実行行為をしているのであり、かような場合には教唆犯は共同正犯に吸収され、犯人自身の行なつた隠避行為として被告人を処罰することはできない、したがつて、被告人につき犯人隠避教唆の罪を認めた原判決は事実を誤認すると共に刑法一〇三条、六一条、六〇条の解釈・適用を誤つたものである、というのである。
しかし、犯人自身の単なる隠避行為は人間の至情として法律の放任する防禦の自由に属するとしても、他人を教唆して自己を隠避させるに至つてはその濫用であつて防禦の自由の範囲を逸脱するものといわねばならないから、犯人隠避罪の教唆犯が成立すると解するのが相当である(最高裁昭和三五・七・一八、刑集一四・九・一一八九参照)。また原判決の掲げる関係証拠によれば、本件において被告人は自ら原判示車両を運転して原判示第三の事故を起こした後、石原敏次に対し原判示のように身代り犯人になるよう依頼し、これに応じた同人が警察官にその旨申告し、そのさい被告人もまた同様に述べたことが認められるが、被告人自身については自己を隠避させる行為は犯罪構成要件に該当せず可罰的でないのであるから(刑法一〇三条参照)、右のように石原に対し自己を隠避させるよう教唆し、さらに石原と共にその隠避行為を共同して実行したからといつて被告人について法律上犯人隠避罪の共同正犯の成立する余地はなく、かような場合には石原に対する関係で犯人隠避罪の教唆犯が成立するにとどまると解するのが相当である。
したがつて、被告人につき原判示第四の犯人隠避教唆の罪の成立を認めた原判決に所論のような違法はなく、論旨は採用できない。
控訴趣意第三点量刑不当について
本件は、いわゆる暴走族のリーダーであつた被告人が、無免許で普通乗用自動車を運転し(原判示第二参照)、暴走族仲間と行動を共にしていたさい、被告人らが交通法規を犯し、または犯そうとしている疑いがあると判断した警察官から停止を求められるや(警察官のこの措置が違法であるとは考えられない)、それをふり切つて逃走し、その途中で指定最高速度五〇キロメートルをこえる毎時一四〇キロメートルで運転し(原判示第一)、そのため左に湾曲した箇所でハンドルを切ることができずかつ急激にブレーキをかけた業務上の過失により、自車を道路右側に暴走させて樹木に激突させ、よつて同乗者三名に全治四か月ないし一週間の傷害を負わせ(原判示第三)、さらに右事故について石原敏次に身代り犯人になることを依頼して警察官にその旨申告させた(原判示第四)という事案である。
右のように、本件はつぎつぎと悪質な違反を重ねた重大事犯であること、被告人は昭和四六年六月以来業務上過失傷害、業務上過失傷害・道路交通法違反、道路交通法違反、道路交通法違反・軽犯罪法違反等の罪でそれぞれ罰金刑等に処せられていること(昭和五二年一月覚せい剤取締法違反の罪で懲役一年六月、執行猶予四年にも処せられている、なお身代り犯人の問題をふくみ捜査に期間を要した本件が、右事件と併合されなかつたのは何ら不当でない)などを併せ考えると、被告人の刑責はまことに重いというべきである。
したがつて、被告人がその後暴走族から離れるなどして反省の情を示していること、交通事故の被害者石原との間では示談が成立し、同荒川はその後被告人と結婚してその処罰を望んでいないこと(同小林については、同人が所在不明であるために示談をすることができない)、家庭の事情など有利な情状をしんしやくしても、原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。
論旨は理由がない。
そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 新関雅夫 藤島利行 渡邊達夫)